澁谷 直行澁谷 直行

とにかく責任感を持って行動!
地元に活気を与える
という夢の実現へ

地元の広告代理店から一転東京へ
受注できずに苦しんだ1年半

Q.どのような経緯で入社されたのですか
生まれも育ちも仙台で、大学を卒業後地元の広告代理店に入社したんです。
実家が自営業を営んでおり、実は1年程で家庭の事情で家業を継がなければならなくなり、やむなく退社することになりました。
結果的に、兄が家業を継いでくれる事になり、逆に私は職を失っただけでした(笑)

Q. どうして広告代理店に就職したのですか?
若いうちからバリバリ働きたかったのと、「カタチ」のあるものを売るのではなく、「カタチ」の無いものを売っていきたかったんです。
最初に入社した会社は大手の車会社や色々な業界の仕事もありましたし、当時からすでにサイト関係の広告、SEOとリスティング対策を売り込んでいくような営業をしておりました。

Q.結局、家業を継がなくて良くなり、それで東京に?
はい。大きな仕事がしたいという気持ちがあったので、色々な職業や情報が集約されるのが東京なんじゃないかって。それで、東京で働きたいという気持ちも日に日に大きくなり、このタイミングで上京して転職をしようと決めました。
内定をもらってGENOVAに飛び込んだところまで良かったのですが、まずお客さまの層に驚きました。歯医者様やお医者様、整骨院業界の担当営業に配属されたんですけど、とにかく営業にまわる僕の知識が全くないので、全然お客さまときちんと話ができないんです。

最初の方は先輩の営業に同行して学ばせてもらったり、先輩が抱えきれない案件を担当させていただいたりしていたのですが、とにかく自分では取れない。
多分、入社してから1年半くらい自分一人では受注できなかったんじゃないかと。

Q.その1年半って結構大変だったんじゃないですか?
「地獄」でしたね(笑)
何度も「東京まで来て、何やってんだろ…」って考えていたこと多かったですね。
「辞めたい、辞めたい」って考えてしまってましたし、今思い返すと単純に自分の力不足で受注できなくて嫌な事から逃げ出したくて「辞めたい」って思ってただけなんですけど。

自分の営業スタイルを変えるため
徹底的にヒアリングとリサーチ
何でもやった結果、夢が近づいてきた

Q.その時に逃げ出さなかったのは、何か理由があったのですか?
やっぱり根本にあった「東京で働きたい」という気持ちが強かったので、何しに東京に出て来たんだ!って常に考えてました。
ここで辞めたら「格好悪い」なと。僕単純なんで(笑)で、今辞めて逃げ出したら「ダサい」なと。

Q.そんな日々を過ごしてる中で、どうやって一人で仕事が取って来れるようになったのですか?
まず営業スタイルを変えました。最初はお客さまからヒアリングをして、リサーチしまくって提案するというかたちにしました。
でも、これも実は全く上手く行かなくて、また自分のやり方に疑問を持ち始めました。上手くいっている先輩のマネをしようと営業先の音声を録音させてもらって、後で聞き返してマネしたり。
でも、やっぱりスタイルが違う事やってもお客さまに響かなくて、結局上手く行かない。 試行錯誤した結果「自分のスタイルはこれだ!」というものに出会えるまで、受注はかなり苦しかったです。
それこそ、人のマネもしたし、本も読んだし、本当に色々、色々やったけど、その色々やる事が経験値になり、自分のスタイルというものができたのかなと。
スタイルが固まって来てからは徐々に自分で仕事をいただけるようになって来たかなと思っています。

Q.今では何人も部下を持つ立場ですが、課員の人達の成長のために意識していることはありますか?
自分もそうだったから意識しているんですけど、できない人をできる人にするということですかね。一番難しいことだと思っているんですけど、とにかく人のせいにしないで責任感を持って仕事をしてもらえるようにしています。
後は、単純に収入でもいいんですけど、夢を見せてあげたいなと。
僕にもまだまだ夢があって、仙台に支店を構え規模を大きくしたい。地元に活気を与えられるような仕事をしていきたいということです。実はこの話し実現しそうで、仙台に事務所を構えて準備中です。
今の夢は、この仙台を1年で形にしたいというのが当面の夢です。

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GENOVAに入社を検討している方に一言

スキルなんて最初から無くて当たり前なので、とにかく素直な人が良いと思います。やる気と基本的なことができるだけで良い。
一般的にいわれる基本的な事、「あいさつ」であったり「礼儀」だったり。
そういう事ができる人って、営業マンとしても実は愛される人間になるんだろうなと思うんです。
失敗は恐れず、主体性を持った人達を待ってます!